Vol.2  「格差  ~自由度の高さと引き換えに~」

  以前、在宅就業に関わる研究会において事務局を担当した際、ある委員から「体力的な理由等により就労時間にどんな制限があったとしても、仕事をしたならそれを社会が認めることが必要」という内容の意見がありました。前後の話は割愛しますが、在宅就業(ここでは障害のある個人が請負で働くこと)およびその支援に対して重要なのは「社会が認めることである」というひと言に、端的かつごく真っ当な発言であるという印象を受けました。

  請負型で働く在宅就業(フリーランス)は、就職してサラリーマンになる雇用型に対し、時間や場所にとらわれず、個人の力量・裁量にあわせて仕事が行なえる点にメリットがあります。もちろん、安定した仕事の保証が無い、個人の責任が大きい、急な体調不良時の担保がないといった側面も否めないのですが、それでもこの働き方を選択する人たちのニーズは多様化し、「1日1時間でも仕事がしたい」と、サポートを求めてくる人たちの問い合わせが絶えません。一般的には知られていないことかもしれませんが、そうした方たちの中には、自宅以外の入所施設や療養所等で生活している人もいます。このような生活を支援する施設について言えば、常時介護を必要とする方々に治療などを行いながら長期にサポートする施設ですから、そもそもそこに入所している方が働くという想定は今の制度にはありません。そのため、重複して福祉制度の就労支援サービスは受けられない現実があります。

自由の女神のコスプレしているネコのイラスト  しかし、es-teamのような、福祉制度を利用していない在宅就業支援であれば、自由度が高く制限も緩いため、どんな方でも利用ができます(*1)。個人の生産が小さくても、グループ単位で仕事を請け、チームワークで成果を紡いでいきますから、持てる職業能力を発揮することが仕組みとして可能になります。そこに本人の努力が注がれ、道具と人的サポートが加わることで、「1日1時間」の積み上げは良質な成果物につながり、評価や喜び、そして報酬を得ることになるのです。

  ただ・・・。問題は、es-teamのような在宅就業支援事業は福祉制度でないだけに、自由度の高さと引き換えに、社会や公によるサポートシステムが極めて弱いということにあります。仕事を取ってくる営業マンにも、作業をコーディネートするコーディネーターにも、全く費用的な補助はありません。支援に公費が投入されている福祉事業の就労施設と比較すると、著しい格差です。この格差こそが、冒頭に述べた「社会が認めるべき」という発言を結果的に引き出したように思えてなりません。

  es-teamのような活動に対して、唯一の社会の支援策が、障害者雇用促進法に定められている「在宅就業支援制度」です。しかし、実際は草の根で活動を続けてきたNPOなどが、限られたリソースのなかでやりくりしているのが実情・・・。この制度については、また別途「つぶやいて」みたいと思います。

(*1)障害者支援施設でSOHOするes-teamメンバー成田さん

(吉田 岳史/東京都葛飾福祉工場・SOHOコーディネータ)

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